2022年11月07日(月)オープン
ラーメン職人歴50年の集大成。引退に向けた最後の舞台。
1994年の創業メンバーが3ヶ月前後のリレー形式で出店する “94年組“。トップバッターは引退に向けた最後の舞台として目黒「支那そば勝丸」が出店。煮干しに命を懸けた店主は、集大成としてこれまで培ってきた技術や知識、情熱を1杯のラーメンに注ぎ込みます。
スープは鳥取県産の上質なマイワシを中心に豚骨・鶏ガラ・野菜類をブレンド。独特な縮れをもつ唯一無二の麺は一度食べるとやみつきです。引退の花道を飾るのにふさわしい逸品が完成しました。
①スープ
今回は香りの強い「マイワシ」を使用します。従来は豚骨と野菜とカタクチイワシでダシを取るのですが、「マイワシ」の香りに負けないよう鶏を加えます。これぞ94年創業当時の味わいです。
②麺
創業から変わらない独特のちぢれを持つ麺は、多くのファンに長年愛されています。上記の写真を見ていただくとわかりますが、いわゆる一般的な「ちぢれ麺」とはちぢれの間隔や具合が異なります。口の中でこのちぢれが踊ります。一度食べるとこの触感は忘れられません。
③具材
具材はチャーシュー、なると、メンマ、長ネギと昔ながらのシンプルなもの。チャーシューは「具材の王様ですから、いろいろと試しましたが鹿児島県産の黒豚(もも肉)が私のラーメンに一番マッチします。」とのこと。
中縮れ醤油
この店舗のお知らせ
お知らせはありません。
本店紹介
支那そば勝丸
住所:東京都目黒区目黒2-8-10
TEL:03-5434-5320
店主紹介
創業者・後藤 勝彦氏は昭和17年11月11日、8人姉弟の次男として青森県北津軽郡に生まれ、中学卒業後、高校に通うも1年半で退学。その間、映画館のアルバイトや地元で有名だった「秋常食堂(現在は閉店)」という煮干しダシのラーメンを出す食堂で半年ほど働く。
後藤さんにとって秋常食堂の煮干しラーメンは原点であり、ここでアルバイトをしなければラーメンの道に進まなかったかもしれません。
その後、東京への憧れがあり、兄を頼って17歳の時に上京。上京後、様々な職業を転々とし、2種免許を取得し、タクシー会社へ入社。タクシーの運転手の傍ら、ラーメンを食べ歩き、その頃「ホープ軒」(現・千駄ヶ谷)や、下渡橋の「土佐っ子」が屋台で繁盛しており、
いつか自分も煮干しの味で、ラーメン店をやりたいという気持ちになったようです。
そして、昭和47年に軽トラックを改造した移動式屋台でラーメン店を開業。天候や駐車スペースの問題があったものの、徐々に評判となり、数年で1日250杯を売る繁盛店となりました。その繁盛ぶりを見たある番組が「都内三大名物」として紹介し、都内屈指の繁盛店となりました。
その後、知り合いから「そろそろ屋台じゃなく店を持てばよい」とアドバイスを受け、昭和59年8月7日、念願の店舗を持つこととなりました。場所は白金の魚らん坂下近く(東京都港区白金1丁目)。オープン後、屋台時代のお客さんがたくさん訪れ、すぐに人気店となりました。
白金を開業して3年後、旗の台(品川区旗の台)に支店をオープン。そして白金のお店は8年後に立ち退きとなり、本店を目黒(平成4年頃)に移します。